2017年06月07日

自葬問題3

翌6日、
平の宿の久蔵が
死んだときには、

聖徳寺にも知らせずに
自葬してしまいました。

それを知った聖徳寺が、
庄屋に訴えて問題になってしまいます。
posted by 日本教会史 at 22:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

自葬問題2

1867年4月5日、
本原郷の茂吉が死んだ時、
これまで通り
聖徳寺の坊さんを呼んできましたが、
使いのものが途中で、
わざとつまらぬことを言って
坊さんを怒らせたので、
坊さんは帰ってしまいました。

それでこれ幸いと、
茂吉の家では
坊さんなしで
自葬してしまったのです。

posted by 日本教会史 at 17:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

自葬問題

当時は、
死人があると
必ず檀那寺の坊さんを招いて
読経を頼み、

坊さん立ち会いのもとで
納棺することになっていました。

しかし、
神父から
指導を受けるようになると、
このような表面仏教という態度を
清算しなければいけなくなったのです。

posted by 日本教会史 at 17:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする