2017年08月11日

捕縛8

一方、
キリシタンであるという
信仰の問題だけで
捕縛投獄されたことに
在留外国人は
衝撃を覚え、

各国の領事は
奉行に抗議しました。

さらに問題は
幕府と各国外交団に移され、
毎日のように
議論されました。
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posted by 日本教会史 at 09:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

捕縛7

しかし長崎奉行は、
浦上の農民たちが囚人たちを
うばい返しに来るかもしれないと思い、

2日後には小島に新牢を造り、
そこに移しました。

そこから仙右衛門、
与五郎、寅五郎、又市などは、
取り調べのために、
たびたび西役所に
引き出されました。
posted by 日本教会史 at 12:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月05日

捕縛6

1867年7月15日の早朝3時ごろ、
大雨をついて
捕手たちは浦上の地に踏み込み、
68人が捕らえられました。

これが「浦上四番崩れ」の始まりです。

彼らは桜町牢に入れられました。

この桜町牢は、
もともと教会のあったところですが、
1614年の迫害の時に壊され、
その後に牢獄が造られて、

迫害時代に
多くの神父や信者たちが、
くるしみをしのぎ、
殉教へ旅立っていったところです。
posted by 日本教会史 at 08:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする