2018年03月28日

四十 浦上四番崩れ4一村総流罪 「旅」

この旅では、家族ばらばらにされる者が多く、親に別れ、夫に別れて見知らぬ所に連れて行かれて、ひどい難儀をしたようです。

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2018年03月27日

四十 浦上四番崩れ4一村総流罪 「旅」

信者たちは、この流罪を「旅」と言いました。一村総流罪というこの旅は、近代日本の歴史に特筆されるべき残酷物語ではありました。 しかし、旅に出る人の心は明るかったのです。 信仰を守り神様への忠実を貫いて、殉教への旅に出ることは、彼らに残されたただ一つの道だったからです。
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2018年03月26日

四十 浦上四番崩れ4一村総流罪

 ある者は汽船で、あるいは和船で、ある人は長崎港の大波止から、他の人は時津(とぎつ)というふうににして、いろいろな船で20ヶ所に流されたのです。

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2018年03月25日

四十 浦上四番崩れ4一村総流罪

 翌6日には先に萩、津和野、福山に流された114人の家族を召喚して、彼らも夕方、その汽船に乗せました。また700人の残りの家族に対しても検挙が始まり、男も女も、老人も子供も、みんな勇んで家を出ました。
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2018年03月24日

四十 浦上四番崩れ4

1月5日の朝、振遠隊という長崎守備の兵士たちが浦上に出張して、男子たる戸主700人を立山役所に集め、大雪の中、終日役所の庭に立たせた末、夕方になってから 長崎港(大波止)に集まっていた12隻の汽船に 彼らを乗せました。


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2018年03月23日

四十 浦上四番崩れ4一村総流罪

 その間に長崎にいるかっこ各国領事をはじめ、たまたま長崎に来ていたイギリス公使パークスたちが県知事に掛け合って、なんとかやめさせようとしましたが、知事は「東京政府から出た命令なので何ともしがたい」と突っぱねたのです。
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2018年03月22日

四十 浦上四番崩れ4一村総流配

 1868年7月11日、まず最初に、仙右衛門や甚三郎などの中心人物から萩に66人、津和野に28人福山に20人の合計114人が
長崎港から送り出されました。なんとこの時、浦上に残された人たちには家族の者でさえ、彼らがどこに流されたのかは、知らされなかったのです。それが分かったのは、半年後の事でした。そして1870年1月1日、突然、残された戸主700人に、明朝六ツ時(午前6時)までに立山役所に集まれと出頭命令が出ました。あまりにも突然だったので出かけている者もあり、5日に改めてほしいと信者が申し出、役所もそれを許しました。
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浦上一村総流配A

  しかし、それはあまりにもひどすぎると、参与小松帯刀が三条実美に意見を申し出たので、
死刑にしないで全員流配することに決まりました。
  こうして神道国教主義をとった明治新政府は、キリストへの信仰を捨てない浦上のキリシタンたちを
「一村総流罪」(いっそんそうるざい)にすることに決めました。
  この結果、浦上の信者3394人が金沢や名古屋、それに萩、津和野、鹿児島などの西日本の諸藩に
流されるという大変な処分が、行われることになったのです。
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2018年03月08日

浦上一村総流配 @ 浦上一村総流配 @ 浦上一村総流配  浦上一村総流配@

そう5月17日、大阪の本願寺で処分に関する御前会議が開かれ、
三条実美、木戸孝允、伊達宗城、井上馨に、長崎から呼び出された大隈重信が 
 加わりました。

御前会議では沢の処分案や重臣の意見も参考にされましたが、
木戸の意見が用いられ、中心人物を長崎で死刑にし、
残りの三千余人を
名古屋以西の十万石以上の諸藩に流配、
大名に生殺与奪の権を与え、7年間は一口半の扶助米を支給し、
キリシタンの中心 浦上を 一層することに定まりました。



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2017年12月30日

殉教のブログの連載について

今まで、殉教のブログを読んでくださり感謝いたします。
これは「殉教」の本に書いたものを、少しづつ連載したものですが、
これからは、その連載にプラス、著者であるイザヤ木原真自身が、
その後学んだことや示されたことを書いていきたいと思います。
あまり私には期待できませんが、
でも主イエスには期待して、続けて読んだいただけると幸いです。
イザヤ木原真
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2017年11月13日

キリスト教邪教観6

「皆の者、その通りか」
「さようで、さようで」

と、異口同音に答えました。

信者たちの決心の堅さを見て、
沢宣嘉は
「中心人物は斬首、
その他の者は流罪にする」

という浦上信者処分案を
井上馨に持たせて京都にやり、
政府の決議を求めました。
posted by 日本教会史 at 11:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月02日

キリスト教邪教観5

「まだキリシタンを信仰しているというが、
相違ないか」
「相違ございません」と、
仙右衛門が答えます。

「早速やめろ」
「キリシタンをやめたいのなら
とっくの昔にやめています。
これからも呼び出されれば、
出てまいりますが、
何度まいりましても同じでございます。」

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2017年10月31日

キリスト教邪教観4

一方、長崎では
沢宣嘉は、
浦上キリシタンの指導者26人を、
総督府によびだして、
キリシタンを捨てよと、
詰め寄りました。

しかし改心戻しをした時、
彼らは殉教を覚悟していましたので、
「死刑にされても、かまいません」
と言って信仰を改めようとはしません。

そこで
沢宣嘉は4月29日に
180人の、戸主を呼び出し、
総督府の庭の小石の上に座らせて、
12人の役人を従えて出てきました。
posted by 日本教会史 at 14:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

キリスト教邪教観3

これを見た欧米の外交団から、
「われわれ文明人の信じている
キリスト教会を邪宗というのは
われわれに対する侮辱である」と、
政府へ抗議してこられ、
政府は困って、

一、切支丹宗門の儀は、是迄御制禁の通り
固く相守るべく候事。
一、邪宗門の儀は固く禁止之事。

と、書き改めました。
posted by 日本教会史 at 08:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

キリスト教邪教観2

五榜の掲示の第3札には、
次のように書かれていました。

1 切支丹邪宗門の儀は堅く御制禁たり。
若し不審なる者之有れば、
その筋の役所に申し出可、
ご褒美下さる可事。
慶応四年三月       大政官


posted by 日本教会史 at 09:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

キリスト教邪教観

年は改まり1868年、
明治新政府は沢宣嘉を、
九州鎮総督兼外国事務総督に
任命します。

彼は井上聞多〔馨)を連れて、
3月7日に長崎に着任します。

新政府は
4月7日に五榜の掲示を掲げ、
神道国教主義の政府方針を
明らかにしました。

つまり、
神道により民心を一つに
まとめようとしたのです。

それは当然キリシタン弾圧を
決定づけました。
posted by 日本教会史 at 23:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月06日

改心戻し6

ところが白州へ出てみると、
案に相違して、
「いずれ厳しく吟味いたすので、
その時呼び出すまで
自分の家におれ」と
言い渡されて
奉行所から追い出されました。

というのは、幕府が倒れて、
天皇政治が始まろうとしており、

奉行所は
それどころではなかったのです。

翌11月9日に、
15代将軍慶喜は、大政を奉還し、
浦上事件を解決できないまま、
幕府へ倒れました。

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2017年10月03日

改心戻し5

「ぜひに願いを、いたしまする。
もし庄屋さまが
受け付けてくださらないならば、
これから長崎の代官に
直訴をいたしまする」

庄屋はやむなく、
その夜のうちに、
彼らの名簿を添えて
長崎代官に届けました。

数日後、
彼らは奉行所に呼び出されました。
殉教覚悟で、
彼らは出頭しました。



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2017年09月27日

改心戻し4

改心戻しとは、
一度転んで改宗し、
キリストを捨てたことを
取り消して、

元のキリストへの信仰に
戻ることです。
ところが庄屋は、
怒りにわなわなと震えて、
大声で怒鳴りつけました。

「この大馬鹿ども。
あれだけの責め苦で転んだ者が、
改心戻しをすれば、
その10倍もひどい責め苦にかけられ、
しのぐことなどできるわけがない。

その願いは取り上げるわけにゆかぬ」
posted by 日本教会史 at 10:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

改心もどし3

平生は強そうに見え、
教理も良く知っている
伝道士たちが、
みんな転んでしまったのに、
無学で弱々しく見えた仙右衛門が、
ひとり信仰を
守り通したので、

転んだ連中は、
恥ずかしくて
たまらなくなりました。

それで、仙右衛門にできたのなら、
自分にもできないはずはないと、
女性5人を含む38名の者が
庄屋よ門をたたいて
「改心戻し」を
申し出たのです。
posted by 日本教会史 at 21:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月21日

改心もどし2

かと言って外にも居れず、
天主を捨てたという思いで、
身ひとつ置くところがなく、

昼も夜も山の中で、
3日3晩泣いていました。

そこへ仙右衛門が帰ってき、
まるで、
凱旋将軍のように
村人が迎えていました。
posted by 日本教会史 at 10:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

改心もどし

転んで先に帰った人たちは、
家族から
「信仰を捨てた者は
きっとテングがついたに違いない。
家に入れると一緒にテングもついてきて、
みんな転んでしまう。

だから家に入れるな。
もしあなたが家にいるなら
私が出る」と言われ、
家に入れてもらえませんでした。
posted by 日本教会史 at 21:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

祈りによって5

そしてその祈りは、
主に聞き届けられ、
彼はどんなに目の前で、
ひどい責め苦を見せられ、
他の者たちが目の前で
次々に転んでいっても
転ばなかったのです。

主は、
他の誰でもなく、
字も読めず
無学であっても、
祈り、
主にすがる者に
助けを与え、
日本の信仰の自由を
勝ち取らせて
くださったのです。
posted by 日本教会史 at 15:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月15日

祈りによって4

彼がひとりだけ転ばずやな
信仰を守り通せたのは、
特別に主任すがり、
自分の弱さを覚えて
祈っていたからでした。

いやむしろ、
彼は弱かったからこそ、
断食までして、
主イエスさまと
聖霊さまに、
真剣に助けを求めたのです。
posted by 日本教会史 at 08:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月11日

祈りによって3

その時村の人が
仙右衛門に、
どうしてあんなひどい拷問を
しのぐことが出来たのですか?
と聞きました。

「どんな強い人間でも、
あんな目に遭わせられたら、
人間の力だけでは、
とてもしのぐことはできません。

私が転んだら、
天主さま、
また日本のたくさんの殉教者に対して
申し訳ないと思い、
断食の祈りをささげ、
聖霊さまの助けを
祈っておりました。

聖霊さまのお力で、
しのげたのでございましょう」
と、仙右衛門は
答えました。
posted by 日本教会史 at 08:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする