2019年03月30日

四  選び1−マチヤス

神を選んだマチヤス
それでも「マチヤス」「マチヤス」としっこく連呼する役人に、一人の青年が捕縛吏の前に進み出て、答えました。「私の名もマチヤスです」と、
彼の洗礼名も同じマチヤスだったのです 全く別人の、しかし洗礼名が同じマチヤスが役人の前に出てきたのです。頭数をそろえなければいけない役人は、この別人のマチヤスを見て、料理人のマチヤスを探そうともせず、お前でいいと、喜んでこの男を捕まえたのです。どうやら役人というのは、昔も今もあまり変わらないようです。こうして彼は、捕縛吏の役人たちに、受け入れられました。そしてそれは殉教者の中に加えられたことを意味しました。もちろん、マチヤスもそのことを知っていました。知っていて、彼は殉教者の中に自らを委ね、殉教者となることを選んだのです。
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2019年03月28日

四  選び1−マチアス

髪を選んだマチアス
捕縛吏の一隊が、秀吉の命令で京都の教会に足を踏み入れた、捕縛史たちの手には捕縛者名簿が握られていました。彼らは、その名簿に従って、一人一人名前を読みながら、返答する信徒を確認し、人定めをしていました。「マチヤス」「マチヤス」捕縛吏が何度もマチヤスの名を呼びました。
しかしマチヤスは答えません。このマチヤスは料理人でした。ですからマチヤスはこの時、買い物に行っていたのだという人もいますが本当のところはわかりません。そうかもしれませんし、いたけれども恐ろしくて答えられなかったのかもしれません。料理人のマチヤスの答えはなかったのです。
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2019年03月27日

四  選び1−マチアス

 殉教のきっかけーサンフェリペ号
1596年10月、一隻のガリオン船が 四国の土佐沖に現れ、裏戸の桂浜に座礁しました。これはスペインの商船サンフェリペ号でした。
そしてこの事件がきっかけとなって、時の権力者、太閤秀吉はフランシスコ会士を中心に京都と大阪にいた24人のキリシタンたちに逮捕命令を出したのです。後にこの24人は26人になります。
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2019年03月26日

四  選び1−マチヤス  

「招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです」(マタイ福音書22章14節)
ただ確かに言えることは、彼らは、キリスト教を 唯一の救い主と信じ、イエス・キリストを喜んで人々に宣べ伝えていたということです。それゆえに捕らえられてしまいました。しかし彼らはそれを喜んでいました。そして彼らは、たとえ殺されたとしても、イエス・キリストの福音を宣べ伝え、語ることを止めることはありませんでした。彼らは、この地上での命より、キリストと共にいることの喜びの方が、はるかに勝っていることを知っていたのです。これから読者の皆さんと共に、26人の足跡をたどりながら、彼らの殉教への旅の出たいと思います。
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2019年03月25日

四  選び1−マチアス

「招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです」(マタイの福音書22章14節)
1597年2月5日、
西坂の丘に立てられた26本の十字架につけられて、日本最初の殉教者「日本二十六聖人」は殉教していきました。彼らが京都と大阪で捕らえられてから、ひと月以上の月日が過ぎていきました。なぜ彼らが選ばれ、どうして突然、時の権力者 太閤秀吉が26人に殉教を命じたのか。それに関しては多くの人々が歴史を研究し、いろんな考察がなされています。ここでは、それは本題ではないので論じません。
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2019年03月24日

四  選び1−マチヤス 

「招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです」(マタイの福音書22章14節)
1597年2月5日、西坂の丘に建てられた26本の十字架につけられて、日本最初の殉教者「日本二十六聖人」は殉教していきました。彼らが京都と大阪で捕らえられてから、ひと月以上の月日が過ぎていました。なぜ彼らが選ばれ、どうして突然、時の権力者、太閤秀吉が26人に殉教を命じたのか、それに関しては多くの人々が歴史を研究しいろんな考察がなされています。ここでは、それは本題ではないので 論じません。ただ確かに言えることは、彼らはキリストを唯一の救い主と信じ、イエス・キリストを喜んで人々に宣べ伝えていたということです。
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2019年03月23日

三  序章3−エンディングストーリー

さあ、このエンディングストーリーを書くために、私たちはこれから二十六聖人をはじめとする 殉教者たちに目を向けていきましょう。彼らを通して、主が私たちに語ってくださる御声に耳を傾け、彼らの殉教への歩みを通して語られるメッセージに、心を開いて学びましょう。これから始まる魂の大収穫、大いなる刈り取り、リバイバルに備えるために。
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2019年03月22日

三  序章3−エンディングストーリー  

彼らの殉教の血の報いである魂の大収穫、リバイバルを神様から担わせていただいて私たちは最終ランナーとして走るのです。二十六聖人をはじめとする殉教者たちの物語りは、その時、完結します。何という恵みでしょうか。神さまは私たちを通して、最終章である「リバイバル」を書いてくださるのです。この終わりの時代に生きる私たちに最終章、エンディングストーリーを書く使命を与えてくださったのです。
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2019年03月21日

三  序章3−エンディングストーリー

殉教者たちの物語は、まだ終わっていません。完結していないのです。殉教者たちの血の報いである魂の大収穫、リバイバルがこの国を訪れるその時、彼らの物語りは完結します。私たちが今、二十六聖人をはじめとする殉教者たちの足跡をたどり、彼らから神さまの語りかけを受けようとしていることの目的は、ここにあります。命をかけてまで主に従い通した殉教者たち。彼らから、そのバトンをしっかり受け継いで、この終わりの時代をわたしたちは走り抜くのです。
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2019年03月20日

三  序章3−エンディングストーリー

しかし日本においては二十六聖人以来、これほど多くの殉教者を出しながら、いまだにリバイバルを見ていません。殉教者たちの血の報いと祈りの答えである魂の大収穫、リバイバルは、まだ日本には訪れていないのです。主の特別な計画が日本にはきっとあることでしょう。
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2019年03月19日

三  序章3−エンディングストーリー

世界中で、今もキリストのゆえに殉教している人々は数多くいます。キリストが十字架で私たちの罪を贖い、復活されて救いを完成してくださった時から、現代に至るまで、キリスト教は迫害と殉教の歴史とともに成長し発展してきたと言っても過言ではないでしょう。多くの殉教者たちの血と祈りの上に、いつも大きなリバイバルが訪れ、そしてその国や地域は、キリストに捕らえられ、変えられてきたのです。
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2019年03月18日

三  序章3−エンディングストーリー

キリストを愛して命をささげていった日本二十六聖人,そして彼らに続いて殉教していった数多くの殉教者たち。私たち今から彼らの足跡をたどり,彼らから多くのことを学びたいと思います。しかし、それは単なる歴史の勉強をしようとしているのではありません。
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2019年03月17日

二  序章2

真にボーン・アゲインしたクリスチャンならば、初詣でには行かず、教会の元旦礼拝に行くはずです。七五三の時も、車を買った時も、厄年の時も、神社に行ってお祓いなどはしないでしょう。天に帰る時が来て、召されたならば、もちろんキリスト教式で葬儀をし、法事などはするわけがありません。そうすると、神社もお寺も収入が大幅に減ってしまいます。リバイバルが起こって、真のクリスチャンが爆発的に増えたなら、お寺や神社は当然、今までのようには、お金が入ってこなくなります。そのとき彼らは決して黙ってはいないでしょう。必ず、大義名分を言いながら、迫害が始まってくることでしょう。国家的なレベルでの迫害が、再び日本で起こらないとは、誰も断言できないのです。私はこれから日本最初の殉教者である「日本二十六聖人」の足跡を読者の皆さんとともにたどりながら、過去に起こった殉教の歴史を、学びたいと思っているのではありません。この終末の兆候を示し始めている現代という時代を生きている私たちが、来るべきキリストの再臨の時に備えて、真にキリストを愛し、キリストの
いのちの中を生きるために必要なことを、彼らの殉教への歩みを通して、共に主から教えられたいのです。
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2019年03月15日

二  序章2

いやむしろ、殉教者の数においても、殉教の内容、つまり殺され方や迫害や拷問のされ方においても、世界有数の殉教国といえるのです。日本で殉教した人の数は、少なく見積もって30万人はいます。多く言う方は100万人を超えると言います。日本は確かに、キリスト教には、寛容ではありませんでした。今はクリスチャンの数が少なく、社会的な力も経済力も影響力もないので、命にかかわるような迫害はありませんが、やがてこの国にリバイバルが訪れ、大群衆をなして人々が教会の礼拝に殺到し、何千万もの人々がボーン・アゲイン(新世)をして真のクリスチャンになったならば、必ず迫害が再び始まって来るでしょう。
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2019年03月13日

二  序章2

とはいえ、日本もずいぶん以前に比べれば、治安が悪くなってきました。危険があちこちに転がっています。天災・人災を通して、たくさんの人が一時に亡くなってしまう大量死の時代がやってきたような気がします。しかし、それでもやはりキリストを信じているから殺されるということは、まだピンと来ないのではないでしょうか。しかし日本の歴史を調べると、この国は、キリストを信じる者たちに対して決して寛容な国で
はなかったことが分かります。
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2019年03月12日

二  序章2

私も、実を言うと、初めは「殉教」という言葉を聞いても、あまり現実味を感じませんでした。しかし、今私が属している教会に導かれ、そこで説教や預言を通して「殉教」とゆうことが、自分自身にもかかわる問題として迫ってきたのです。確かに日本にいると、先ほども書きましたが、殉教というのわは何か遠いことにのように思えてきます。それだけ日本が平和だということでしょうか。
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2019年03月11日

一 序章1

日本のクリスチャンは、ほとんど海外に宣教のために出て行ってはいないのです。ですから「殉教」ということを聞くと、何か極端で現実味のない話のようにしか聞こえないのでしょう。しかし、もし私たちが本気で主の命令である大宣教命令に応答し、世界宣教・海外宣教に取り組んでいくならば「殉教」ということは、極端な話ではなく、宣教といつも隣り合わせにあるということに気づくことでしょう。
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2019年03月10日

一 序章1

私は主の恵みによって今まで35カ国以上の国を訪れる機会がありました。アジア・アフリカ・ヨーロッパ・北米・中南米等豊かな国も貧しい国にもいきました。そして知ったのです。どこに行っても日本人はいます。商社マンをはじめとするビジネスマン、そして観光客、いろんな団体グループが来ています。時には個人の旅行者もいますが、どこに行っても日本人に会います。しかし出会わない日本人がいるのです。それはクリスチャンです。クリスチャンのグループとはイスラエルやアメリカなどで少し会うぐらいだけなのです。
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2019年03月09日

一  序章1

現代は、殉教者が今までで一番多い時代といえるのです。それにもかかわらず、日本にいると、それが何か遠い話のように感じてしまいます。それは私たち日本のクリスチャンが、余りにも世界に宣教のために出て行っていないからなのです。

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2019年03月05日

一  序章1

殉教というと、今の日本では何か極端な話のけんぽうでhように聞こえるかもしれません。確かに日
本では信教の自由は憲法で保障されていますし、実際、キリスト教を信じたからと言って身に危険を感じたり、命を失ったりということは、今の日本では、まずないことでしょう。しかし、それだからと言って今はもう殉教の時代ではないのかというと、そうではないのです。私たちの目を世界に向けるならば、20世紀は歴史上、最も多くのクリスチャンが殺された世紀でした。そしてその勢いは、21世紀に入っても衰えるどころか、ますます激しくなってきています。
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2019年03月04日

一 序章1

1597年2月5日、日本で初めての殉教がありました。今から400年以上も前のことです。時の権力者太閤秀吉によって、24人のキリシタンたちが、大阪・京都・で捕らえられました。彼らは、ひと月以上かけて長崎まで連れてこられて、西坂という丘の上で十字架につけられて殺されたのです。24人の身の回りの世話をするために、一緒に付き人としてついてきていた2人も途中で殉教者の中に加わり、西坂の丘で殉教した時は26人になっていました。彼らは、「日本二十六聖人」と呼ばれています。
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あとがき

そのことを、かっての浦上の人たちは知っていました。しかし今、かって浦上の人たちが命をかけて守り続けたもの。「キリストへの信仰」それはどこにあるのでしょうか。時代は終末の様相を示してきています。今こそ私たちは目を覚まして、キリストへの信仰を取り戻しキリストと共に神様の用意された本当の祝福の道を歩むべき時なのです。
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2019年03月03日

あとがき

イエス・キリスト、は何一つ罪を犯されませんでした。しかし私たちが自分で、どうすることもできない罪と、弱さと、その結果、もたらされるすべての呪(のろ)いと病気を、イエス・キリストは、ご自分の身に負って、私たちの身代わりになって十字架で死んでくださったのです。そして十字架で死ぬ直前に、こう言われました。「完了した」と。罪の代価はすべて払われました、私たちは、ただ自分の罪を悔い改めてイエス・キリストの十字架を信じるだけで、その時新しく生まれ変わることができるのです。
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2019年03月02日

あとがき

なぜ彼らは何代にもわたって命をかけてまで、イエス・キリストへの信仰を、守り通したのでしょうか。それはイエス・キリストが命をかけて、私たちを愛して下さったからです。教会に行くと必ずあるもの、それは十字架です。この十字架でイエス・キリストはご自分の命を捨ててまで、私たちへの愛を示されたのです。
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2019年03月01日

あとがき

「ウラカミ・ウラカミ」そう叫ぶ人々の声が、ベルギーのブルッセルでこだましました。今から130年ほど昔のことです。そして、このさけびが250年間禁止されていたキリスト教を、この日本の国で自由にしたのです。「ウラカミ」彼らが叫んだのは、まぎれもなくこの本を書いた浦
上のことです。この浦上には命をかけてキリストを信じ続けた人々がいました。江戸時代の迫害下にあっても隠れキリシタンとして信仰を守り続け、信仰が自由になる日を、信じて待ち続けた多人々が、この浦上にはいたのです。
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