2020年01月29日

四十五  浦上四番崩れ9−悲しみを喜びに

悲しみを喜びに
そこで浦上に 仮聖堂を建てる計画を作り、まずは、適当な場所をさがしました。そこで、瓦ぶき平屋で、200にんぐらい収容できる離れ座敷を 仮聖堂にあてました。しばらくは、ここに大浦から ポアリエ神父が通っていましたが、聖務が忙しくなると、ここに住み込んで奉仕されました。そして1880年高谷庄屋屋敷を買い取って補修し、仮聖堂としました。


posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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