2020年01月10日

四十三  浦上四番崩れ7=天災

1873年3月14日、ついに 彼らは流配地から浦上に帰って来たのです。彼らの信仰が、日本のかたくなな政府に勝利したのです。しかしその時には、613人はすでに流された地で殉教し、亡くなっていました。また6年余りにわたってなされた 残酷な拷問の中で1011人は 転んでしまったのです。この数字を見ても、彼らへの迫害がどんなに厳しく 残酷だったかがしのばれます。


posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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