2019年12月31日

四十二  浦上四番崩れ5−信仰の自由

子どもの単純な信仰
ある日、3歳のこどもがひとりで裁判に呼び出されました。役人はおいしそうなお菓子を見せびらかし、「キリシタンをやめたらみんなこのお菓子をあげるよ」と言って誘惑しました。子供は頭を横に強く振りました。「どうして?このお菓子はとってもおいしいんだよ」と役人が言うと、こどもは「お母がね、キリシタンば捨てないとハライソ(天国)へ行ける、言うたもん。ハライソへ行けばね、そげんなお菓子よりも、もっともっと甘か物あると・・・」と答えました。ハライソへ行けるというのがただ一つの望みであり、最も大きな喜びだったのです。子どもの信仰は。このような単純なものでした。


posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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