2019年12月01日

三十九  浦上四番崩れ3−回心戻し

キリスト教邪教観
年は改まり1868年、明治新政府は、沢宣嘉を、九州鎮撫総督兼外国事務総督に任命します。彼は井上聞多(馨)を連れて3月7日に長崎に着任します。 新政府は4月7日に五榜の掲示を掲げ、神道国教主義の政治方針を明らかにしました。つまり、神道により民心を一つにまとめようとしたのです。それは、当然キリシタン弾圧を決定づけました。


posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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