2019年11月16日

三十七  浦上四番崩れ1−捕縛  

また、彼らが捕らえられた後にも、浦上では、死人が出た時坊さんを呼ばない人たちが、次々に桜町牢に入れられていました。10月5日、68人は再び小島牢から桜町牢に移されましたがその時には彼らは83名となり2坪ちょっとの4畳半の牢に38人が詰め込まれる有様でした。それでも彼らは、責められても、苦しめられても、信仰を、この時までは守っていたのです。けれども桜町牢での拷問は凄惨(せいさん)を極め、その結果、ついに高木仙右エ門ただ一人を残して、82人が転んでしまうのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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