2019年09月08日

二十八  十字架を負って4ー応えは必ずやって来る

時の権力者、太閤秀吉。彼は長崎にいる多くの切支丹たちの信仰を捨てさせるために、彼らへの見せしめとして26人を長崎まで連れてきて処刑したのです。けれども結果は、秀吉の思惑とはは、全く逆になったのです。二十六聖人たちは、信じていました。必ず主は、この殉教の血に報いてくださると、自分たちの殉教の死は、決して無駄になることなく、一粒の麦として、のちの日に、豊かな実を結ぶのだと。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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