2019年08月21日

二十六  十字架を負って2−己を捨て

天の喜び
初めて西坂の丘に来て祈った時、私は驚きました。何故なら、坂を上がって西坂の丘にたどり着くと、そこには、「喜び」があったからです。テンカラー注がれてくるような、さわやかな 明るい喜びが、確かにそこには、あったのです。それは、私の中にそれまであった、暗い悲惨な殉教というイメージとは、あまりにもかけ離れていました。そこには、とても深い主の臨在があったのです。その日は小雨が降っていましたが私が西坂の丘にたち、心を主に向けて祈ると、喜びが内側からあふれてくるのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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