2019年08月02日

二十五  十字架を負って1−人若し我に従はんと欲せば

すぐ従う心をもって
二十六聖人たちは、キリストのように受け取ったのです。しかも喜んで。それが彼らにできたのは、彼らが特別な「聖人」だったからなのでしょうか。私はそうではないと思います。二十六聖人が特別な聖人だったからできたとは、私には思えないのです。私は彼らを慕っています。その信仰にならいたいと願っています。とても彼らを尊敬しているのです。しかし、やはり二十六聖人たちも、私たちと同じように、弱さを持った罪びとだったのです。ただ、彼らは、主に従いたいと心から願っていました。彼らは、本当に主を愛していました。
posted by 日本教会史 at 18:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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