2019年08月04日

二十三   西坂の丘に立てられた26の十字架 

執行人は2人ずつ、十字架から十字架へと、東と西の端から順番に、合図とともに突き刺して処刑をしていきました。勢い余って、やりの穂先が背中に出る者さえいました。ほとんどの殉教者たちは、やりで突き刺されると、鮮血とともに瞬時にして息が絶えました。しかし、まだ息が少しでもあり、不十分と思われた者は、のどを、もう一度ひとつきされ、とどめを刺されたのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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