2019年06月14日

十六  時津へー殉教者たちのゲッセマネ

赦しと和解
その26人の殉教者たちは、峠を降りて彼杵(そのぎ)の港に着きました。そこで彼らは、イエズス会のヨハネ・ロドリゲス神父とパシオ神父に会うのです。実はイエズス会とフランシスコ会の間には、宣教の考え方や、やり方にずいぶん違いがありました。ともにイエス・キリストを宣べ伝えていきたいと強く願っていましたが、時として二つの会の間で意見が激しくぶつかり合うこともあったのです。それでこの時、ペテロ・バプチスタ神父はフランシスコ会を代表してイエズス会の神父である彼に、謝罪と和解を言いました。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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