2019年05月22日

十三  険しい峠ー俵坂峠

今はそこには城跡しかありませんが、祈るにはとても良い場所です。一行は、そこで一夜を過ごし、さらに下関、博多と殉教に向かって旅を続けました。博多に着いた時には、殉教者数は、26人になっていました。途中で、フランシスコ吉とペテロ助四郎も、殉教者の中に加わったからです。博多から佐賀の唐津に着き、山本村に着きました。ここは12歳の最年少の少年ルドビゴ茨木が、キリストを選んだ場所です。今もそこで祈ると、まるで天が降りてきたような臨在が 注がれてきます。そこから彼らは、この旅で最もつらい峠へと、向かって行ったのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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