2019年02月10日

四十三  浦上四番崩れ7−天災

大声でオラショできる
  流されていた3394人のうち1900人が、ついに浦上に帰ってきたのです。しかし、そのうち736人には、家がありませんでした。「旅」の間に壊されてしまっていたのです。残りの1164人には家はあったのですが、家とは名ばかりの、壁も瓦も落ちたあばら家になっていました。もちろん畳や建具などは、全くありませんでした。そこで、家なしの人のために竹の久保の官有林からキリシタン出した木材で、一人当たり一坪の3,4件続きのバラック長屋を建てて、ともかく落ち着かせることになりました。
posted by 日本教会史 at 12:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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