2019年02月08日

四十三  浦上四番崩れ7−天災

1873年3月14日、ついに彼らは流配(るはい)地から浦上に帰ってきたのです。彼らのキリストへの信仰が、日本のかたくなな政府に勝利したのです。しかしその時には、613人はすでに流された地で殉教し、亡くなっていました。また6年余りにわたってなされた残酷な拷問の中で。1011人は転んでしまったのです。この数字を見ても、彼らのへの迫害がどんなに厳しく残酷だったかがしのばれます。彼らの大部分は帰郷後、再び元の信仰へ戻りました。
posted by 日本教会史 at 19:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。