2019年01月30日

四十一  浦上四番崩れ5−津和野の拷問

空腹の中で
 さらに津和野には、先に流されてきた28人の家族の125人が、2月の初めに着きました。もうすでに役人たちは説教だけでは 転宗させることができないと分かっていたので、空腹の責め苦に掛けました。1日に米1合3勺、みそを親指の大きさほど、塩ひとつかみ、水1杯、ちり紙1枚ずつを与えました。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。