2019年01月29日

四十一  浦上四番崩れ5−津和野の拷問

空腹の中で
 さらに津和野には,先に流されてきた28人の家族の125人が、2月の初めに着きました.もうすでに役人たちは、説教だけでは転宗できないと分かっていたので空腹の責め苦に掛けました。1日に米1合3勺、味噌を親指大きさほど、塩一つまみ、水一杯、ちり紙1枚ずつを与えました。母親は自分の食べる物も子供に与えるので、見る見るやせていきます。そしてその弱り果てた体を裁判に引き出して、キリシタンをやめろと手を変え品を変え、繰り返し責め立てます。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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