2018年12月03日

キリシタンの復活3−自葬問題

庄屋は「今の坊さんたちが嫌いなら、お坊さんを代えてやる」と言いましたが「どなたであろうと坊さんは要らないのです。お寺とは縁を切りたいのです」と答えました。これは大変なことでした。なぜなら死人が出た時、坊さんを呼んでお経を上げるというのは、祖法(徳川家康、秀忠、家光三代の間で決まった背くことのできない大事なおきて)だったのに、それを「嫌です」と言ったのですから。

posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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