2018年12月02日

三十六  キリシタンの復活3−自葬問題

翌6日、平の宿の久蔵が死んだときには、聖徳寺にも知らせずに自葬してしまいました。それを知った聖徳寺が、庄屋の訴え出て問題になってしまいますその問題になっている真っ最中4月14日、平の三八の母たかがしにました。今度は庄屋が気を利かせて坊さんを連れてきましたが、家の者が承知しないで、お経をあげるのを断り、自葬しました。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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