2018年11月28日

三十六  キリシタンの復活3−自葬問題

プチジャン神父は、ちじれ髪やひげをそり落とし、シュロの毛を黒く染めて作ったかつらをかぶります。そして日本の農民の着物を着て、わらじをはいて角帯を締め、手ぬぐいをほおかぶりして日本人に化けるのです。そうやって、夜中に山の中の小道を案内されたり、小舟に乗せられたりして、村や島々を回りました。一方では、大浦天主堂の屋根裏部屋に、村々の代表や青年たちを集めて、いろいろと教えました。そして伝道師として村へ帰しました。こうして彼らの信仰は、日ごとに強められ、燃やされていったのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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