2018年09月29日

二十八  十字架を負って4−応えは必ずやってくる

リバイバル

 当時の人たちは、死を頻繁に見ていました。 しかし、こんなに喜びと希望に満ちた死を見たことがありませんでした。いつも呪(のろ)いと恨みと後悔の中で、人は死んでいったのです。ですから、当時の人たちにとって、この26人の殉教者たちの死は、驚きと感動と羨望(せんぼう)であったのです。 二十六聖人の殉教を見ていた見物人たちの中のクリスチャンはもとより、信仰のはっきりしていなかった人々やキリストを信じていなかった人までもが、改心し、代官所に詰め掛けて、自分もクリスチャンだから殺してくれと言って、人々が殺到してきたと言われています。そしてこの後、彼らは殉教していきました。

posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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