2018年09月27日

二十八  十字架を負ってー応えは必ずやってくる

十字架を負って

また、彼らにとっては京都で捕らえられてから、西坂の丘で殉教するまでの およそひと月の長崎への道のりは、、十字架を負うことの恵みを、さらに深く知る恵みの時となった事でしょう。 その道のりの中で、彼らは、今までなかったほどキリストに近づき、さらに十字架の深みへと導かれ、そして喜んで殉教していったのです。彼らに許された殉教という十字架を負うために、主は、ひと月の備えの時を、彼らに与えられたのです。キリストのそばに置かれた12弟子たちが、キリストと聖霊によってつくり変えられていったように、26人の殉教者たちも、この殉教への道の中で、神に近づけられ、変えられていったのでしょう。  長崎への道の途中で、殉教者に加えられたペトロ助四郎やフランシスコ吉、それに日本に来てわずか数カ月で捕らえられ、殉教者の中に入れられたフェリペを見ていると、そんなふうに、私には見えてくるのです。
posted by 日本教会史 at 10:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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