2018年09月24日

二十七  十字架を負って3−福音宣教

福音宣教

 福音宣教。イエス・キリストの福音を宣べ伝える。 これこそが、彼らの召しだったのです。彼らは、この召し、福音宣教の中に生きていました。そして、この福音宣教という召しに忠実に生きたときに、殉教という十字架が、彼らの前に置かれたのです。 彼らは、今まで、口を聞きませんでした。どんなに妬みから、ありもしない悪口雑言を言われても、彼らは黙して語りませんでした。しかし、イエス・キリストの福音に関する限り、イエス・キリストの証人として、彼らは口を閉ざすことは、できなかったのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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