2018年09月21日

二十六  十字架を負って2−己を捨て

己を捨てて

 私たちが喜んで十字架を負えないのは、きっとまだ己を捨てて、自分に死んでいないからなのでしょう。己を捨ててしまうなら、御国の喜びが、十字架を負っているそのところに、今すぐにでも、やってくるのです。     彼らは己を捨てて、喜んでいました。 ただ一つのことだけを除いては・・・。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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