2018年09月17日

二十六  十字架を負って2−己を捨て

天の喜び

 初めて西坂の丘の来て祈った時、私は驚きました。なぜなら、坂を上がって西坂の丘にたどり着くと、そこには「喜び」があったからです。天から注がれてくるような、さわやかな明るい喜びが、確かにそこにはあったのです。それは、私の中にそれまであった、暗い悲惨な殉教というイメージとは、あまりにもかけ離れていました。 そこには、とても深い主のご臨在があったのです。その日は小雨が降っていましたが、私が、西坂の丘に立ち、心を主に向けて祈ると、喜びが内側からあふれてくるのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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