2018年09月16日

二十五  十字架を負って1−人若し我に従わんと欲せば

すぐ従う心をもって

 二十六聖人たちは、キリストのように受け取ったのです。しかも喜んで、それが彼らにできたのは、彼らが特別な「聖人だった」からなのでしょうか。私は、そうではないと思います。二十六聖人が特別な聖人だったからできたとは、私には思えないのです。 私は彼らを慕っています。その信仰にならいたいと願っています。とても彼らを尊敬しているのです。 しかし、やはり二十六聖人たちも、私たちと同じように、弱さを持った罪びとだったのです。ただ、彼らは、主に従いたいと、心から願っていました。彼らは、本当に主を愛していました。その主への愛と、従いたいという強い強い願いが、聖霊の助けの中で、彼らを殉教にまで導いていったのでしょう。  キリストに選ばれた弟子たちは、ガリラヤの無学な普通の人でした。 けれども彼らは、主に呼ばれ、招かれた時に、すぐに従いました。 同じように二十六聖人たちも、主に、すぐに従う心を持っていたのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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