2018年09月09日

二十三  西坂の丘の上に立てられた26の十字架

さまざまな殉教

 12歳の最年少のルドビゴ茨木は、やりを受けた時、「パライソ(天国)、パライソ(天国)」と言って、目を天に向けながら、殉教したのです。 トマス小崎は、父のミカエル小崎とは、東と西に遠く離されて十字架にかけられていました。正確に言えば、トマス小崎は20番目の十字架にかけられており、父のミカエル小崎は4番目の十字架にかけられていたのです。 しかし、この親子は、ほとんど同じころにやりを受けて殉教し、共に天国に召されていったのです。 こうして、2人ずつ東西に分かれていた執行人が、中央で出会うころには、26人の処刑は終わろうとしていました。 けれども、最後まれ残された人がいました。それは、20人のリーダーだったペテロ・バプチスタ神父でした。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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