2018年08月07日

十七  西坂の丘ー自分の十字架を抱きしめた26人

「人若(も)し我に従(したが)はんと欲(ほつ)せば、己(おのれ)を捨て、十字架をとりて我(われ)に従(したご)ふべし」(マルコ伝8章34節)

 1597年2月5日、26人が殉教する日がやってきました。彼らは時津(とぎつ)の沖の小舟から陸にあげられると、すぐに歩き始め、途中、浦上のらい病院で短い休息の時間をとりました。短い休憩が終わったのち、役人のかん高い声が響きました。再び出発の命令が下ったのです。彼らは、西坂の丘を目指して歩き始めました。彼らが殉教する地に向かって、歩き始めました。 西坂の丘には、26個の穴が掘られていました。そして、その一つ一つの穴の前に、真新しい26の十字架が、一本ずつ置いてありました。


posted by 日本教会史 at 11:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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