2018年07月11日

十四  ペテロ・バプチスタの涙ーこの国のリバイバルを願って

 しかし、その最も苦しい峠を越えた時、目の前にとても美しい大村湾が広がっていたのです。彼らはその美しさに感動を覚えながら、やがて帰っていく 天国に思いをはせていました。その時、とても深い喜びが、彼らの心の奥底からわき上がってきたのです。 大村湾を眼下に見ながら、彼らは峠を下り、彼杵(そのぎ)の港にたどり着きました。2月4日、彼らが西坂の丘で殉教する前日の夕方の事でした。彼らは、ここから時津へ舟で連れられて行くのです。この彼杵の港で、しばしの休憩の時が持たれました。
posted by 日本教会史 at 22:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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