2018年07月08日

十三  険しい峠ー俵坂峠

険しい峠

 26人の殉教者たちもさすがに、これまでの長旅の疲れが出てきたようでした。もう間もなく殉教する長崎に入るという直前に、最も厳しいつらい道が待っていたのです。 山本から彼杵までの道は、峠となっていました。それはそれは、とてもとても険しい峠道が続くのです。この峠は、俵坂峠といいます。 その峠を歩いている間、ほとんど人とすれ違うことも、見かけることもなく、彼らは、ただひたすら黙々と静かに、その苦しい登り道を、歩いて進んでいったのです。京都から歩きながら、説教し続けたていたパウロ三木も、通り過ぎる人もなく、険しい峠でただ息を切らしながら、説教もできずに黙々と歩き続けたのです。  彼らにとって、この殉教への旅の中で最もつらく厳しい時でした。


posted by 日本教会史 at 05:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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