2018年07月07日

十三  険しい峠ー俵坂峠

難渋を極めた道

とはいえ2月2日に山本村を出てから、彼らの旅は厳しさを増し加えていきます。 山本から伊万里、武雄と26人の一行はひたすら黙々と歩き続けました。中には、あまりにも体が弱って歩けなくなったため、かごに乗せて山越えをした者もいたほどです。 この辺りは、現在の佐賀に当たりますが、当時は肥前の国でした。九州で唯一キリシタンにならなかった国でもあります。この肥前の国は、以前からキリシタンたちと教会を目の敵にしていました。 芝居や映画でも有名な化け猫騒動の鍋島藩の領地だったからです。  ここから26人はさらに柄崎(現在の彼杵そのぎ)に向かって行きました。
posted by 日本教会史 at 06:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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