2018年06月05日

八  ルドビゴ茨木2

「命を救おうと思うものはそれを失い、私と福音とのために命を失うものはそれを救うのです。人は、たとい全世界を得ても、命を損じたら、何の得がありましょう。自分の命を買い戻すために、人いったい何を差し出すことができるでしょう」(マルコの福音書8章35〜37節)

 唐津の山本村で「私の養子になれ」という寺沢半三郎の誘いを断って、西坂の丘で十字架につけられて、殉教することを選んだルドビゴ茨木。 しかし寺沢半三郎は、このいたいけな12歳の少年の命を何とかして助けたいと思って 何度も何度も、いろんな言い方で彼に「養子になれ。俺の小姓になれ」と語りかけ誘ったのです。その度重なる誘いを「キリストを捨て、永遠の命をつかの間の命と変えることはできません」と、はっきりルドビゴ少年は断りました。 いやそれどころか、むしろ「お奉行さまこそ、キリストを信じて私と一緒にパライソである天国へ参りましょう」と詰め寄り、寺沢半三郎の目をしっかりと見つめて、福音を宣べ伝えたのです。
posted by 日本教会史 at 04:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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