2018年05月23日

五  選び2−「戻り橋」

戻り橋」

 秀吉は、この24人に対して、キリシタンたちが、たくさんいる長崎で処刑することを命じます。彼らの処刑を通して、長崎にいるキリシタンたちをはじめ、人々への見せしめとして、キリシタンたちの信仰を失わせようとしたのです。 まずその手始めに、京都で24人の鼻と両耳をそぎ、惨めになった彼らの姿を 大阪、堺、京都などの主な町々で引き回せと命令しました。 ししかし、キリシタン大名と親交のあった当時の京都奉行の石田光成が、秀吉に彼らの減刑を申し出、左の耳たぶを切るだけで許されました。
posted by 日本教会史 at 05:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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