2018年05月22日

五  選び2−「戻り橋」

「招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです」(マタイの福音書22章14節) 

 

 二十六聖人が、最初に捕らえられたのは、京都と大阪の教会でした。最初、彼らは24人でしたが、長崎に向かう道中で身の回りの世話をするために付き人としてついてきていたペトロ助四郎とフランシスコ吉が殉教者の中に加わり、26人となります。 最初に捕まった24人は、6人のフランシスコ会士であった外国人神父と 3人の日本人イエズス会士、それに15人の日本人信徒(キリシタン)でした。彼らは伝道士や伝道士見習いはもとより、元僧侶、武士や商人など、いろんな立場と職業の人たちでした。その中には3人の子どもも 含まれていました。 ただ、この最初の殉教者の中には、女性はふくまれていませんでした。 もちろん、この後、多くの女性たちが殉教していくことになりますが・・・。

 
posted by 日本教会史 at 01:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。