2018年05月17日

四  選び1−マチヤス

 「招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです」(マタイの福音書22章14節)

1597年2月5日、西坂の丘に建てられた26本の十字架につけられて、日本最初の殉教者「日本26聖人は」殉教していきました。 彼らが京都と大阪で捕らえられてから、ひと月以上の月日が過ぎていました。 なぜ彼らが選ばれ、どうして突然、時の権力者、太閤秀吉が26人に殉教を命じたのか。それに関しては多くの人々が歴史を研究し、いろんな考察がなされています。ここでは、それは本題ではないので論じません。 ただ確かに言えることは、彼らはキリストを唯一の救い主と信じ、イエス・キリストを喜んで人々に伝えていたということです。それゆえに捕らえられてしまいました。しかし彼らは、それを喜んでいました。そして彼らは、たとえ殺されても、イエス・キリストの福音を宣べ伝え、語ることを止めることはしませんでした。彼らは、この地上での命より、キリストとともにいることの喜びの方が、はるかに勝っていることを知っていたのです。 これから読者の皆さんと共に、26人の足跡をたどりながら、彼らの殉教への旅に出たいと思います。
posted by 日本教会史 at 05:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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