2018年05月09日

一  序章T

しかし出会わない日本人がいるのです。それは、クリスチャンです。クリスチャンのグループとは、イスラエルやアメリカなどで少し会うぐらいだけなのです。 日本のクリスチャンは、ほとんど海外に宣教のために出て行っていないのです。 ですから「殉教」ということを聞くと、何か極端で現実味のない話のようにしか聞こえないのでしょう。 しかし、もし私たちが本気で主の命令である大宣教命令に応答し、世界宣教・海外宣教に取り組んでいくならば「殉教」ということは、極端な話ではなく、宣教といつも隣り合わせにあるということに気付くことでしょう。
posted by 日本教会史 at 10:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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