2018年04月24日

四十五  浦上四番崩れ9−悲しみを喜びに

 悲しみを喜びに

   「旅」から帰ってきた浦上のキリシタンたちには、切なる願いがありました。それは神の家、つまり聖堂を建てることでした。彼らは、ミサのために毎日曜日ごとに大浦天主堂まで歩いて通わねばならなかったのです。彼らは、それでもうれしくてたまりませんでした。けれども、その日の糧を得るにも、きゅうきゅうとしていた信者たちにとって、それは時間的にも大きな困難でした。そこで浦上に仮聖堂を建てる計画を作り、まずは適当な場所を探しました。そこで、瓦ぶき平屋で、200人ぐらい収容できる離れ座敷を仮聖堂にあてました。しばらくは、ここに、大浦からポアリエ神父が通っていましたが、聖務が忙しくなると、ここに住み込んで奉仕されました。

posted by 日本教会史 at 04:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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