2018年04月23日

四十五  浦上四番崩れ9ー悲しみを喜びに

 試練を用いる神

  250年にも及ぶ弾圧と迫害の後に、やっと6年間の流配から解放されて信仰の自由を得たと思った途端、赤痢、台風、天然痘という人間的に見れば悲惨と思えることの中の連続の中で、彼女たちは、神を呪ったり恨んだりするのではなく、もちろん運命だと言ってあきらめるのでもなく、むしろその中で、神が用意されていた最善の道を見出していったのです。 愛である方、主イエスへの彼女たちの持っていた信頼、この信仰が祈りとともに働いて、多くの痛んでいた小さな者たち(孤児や捨て子)を助ける主の救いの手として働く道へと導かれていくのです。

私たちの人生の中にも、いろいろな試練がゆるされます。 しかし試練が私たちを主から離すのではないということを、浦上のキリシタンの歴史を見るときに思わされます。むしろ試練は、私たちの信仰を練り清めて、私たちに主が用意されている道へと、私たちを導いてくれるのです。

主は愛の方、そして最善以外、私たちに決してなさらないお方だからです。
posted by 日本教会史 at 07:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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