2018年04月21日

四十四  浦上四番崩れ8ー孤児院

  孤児のための働き

  守山マツは津和野に流されていた時、殉教していった弟の裕次郎が臨終するときに言い残していった言葉を忘れたことはありませんでした。裕次郎は姉のマツに手当てをしてもらいながら、兄の勘三郎の手を握って、最後に、こう言って天に帰っていったのです。「おら、もうじき天主様から召される如(ごと)ある 兄と姉は生きながらえて浦上に帰れるごとあるばい。その時にはキリシタン法度の高札は取られ、大声で祈りができるに違いなか。浦上に帰ったら、一人は結婚して、その子の一人ば神父様にしてくれるやろ。やっぱり教理をよう知っとらんと、信仰も弱かけん。子どもば泣かせなさんな。子どもばなかせなさんな、子どもばかわいがってくれよ・・・」
posted by 日本教会史 at 13:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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