2018年04月18日

四十四  浦上四番崩れ8ー孤児院

 ド・ロ神父と篤志看護婦

  浦上村民の窮状を見たド・ロ神父は、毎朝4キロ余りの道を、薬箱を下げて大浦か浦上に通い、病人の診察投薬に従事しながら、予防措置を教えて回りました。  ド・ロ神父は、ただ脈をとり、薬を与えるだけではなく、患者の一人一人に神の言葉を語って、慰めはげましたのです。 この救援活動を見て心を動かされ、すぐにその案内と手伝い、患者の身の回りの世話を申し出たのが岩永マキでした。マキが動いたのを見ると、ほかにも守山マツ、片岡ワイ、深堀ワサという女性たちが共に立ち上がりました。

彼女たちは皆、「旅」の中で迫害を受け、拷問にかけられて辛酸をなめてきた人たちでした。
posted by 日本教会史 at 22:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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