2018年04月13日

四十三  浦上四番崩れ7−天災

 大声でオラショができる


   流されていた3394人のうち1900人が、ついに浦上に帰ってきたのです。   しかし、そのうち736人には、家がありませんでした。「旅」の間に壊されていたのです。残りの1164人には家はあったのですが、家とは名ばかりの、壁も瓦も落ちたあばら家になっていました。もちろん畳や建具などは、全くありませんでした。   そこで、家なしの人のために竹の久保の官有林から切り出した木材で、一人当たり一坪の3,4軒続きのバラック長屋を建てて、とにかく落ち着かせることになりました。

posted by 日本教会史 at 09:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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