2018年04月12日

四十三 浦上四番崩れ7−天災


  キリストへの信仰を捨てない。ただそれだけの理由で「一村総流罪」(いっそんそうるざい)となり、西日本諸藩に流された浦上キリシタンたち。   しかし主は、彼らが示したキリストへの愛を忘れず、彼らの主イエス・キリストへの従順を通して、キリストに対して全く心が閉ざされていたこの国に、信仰の自由を与えてくださいました。   1873年3月14日、ついに彼らは流配(るはい)地から浦上に帰ってきたのです。

 彼らのキリストへの信仰が、日本のかたくなな政府に勝利したのです。   


 しかしその時には、613人はすでに流された地で殉教し、亡くなっていました。  また6年余りにわたってなされた残酷な拷問の中で、1011人は転んでしまったのです。  この数字を見ても、彼らへの迫害がどんなに厳しく残酷だったかがしのばれます。彼らの大部分は帰郷後、再び元の信仰へ戻りました。
posted by 日本教会史 at 07:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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