2018年04月10日

四十二 浦上四番崩れ6−信仰の自由

 信仰の自由


   ちょうどそのような時、1971年12月24日に、岩倉具視を全権大使とする一行が、アメリカからヨーロッパ各国へ、不平等条約改正の交渉のために行きました。  欧米のどこの国でも、必ずキリシタン迫害の事が持ち出され「キリシタンを迫害するとは野蛮国である」と厳しく詰め寄られ、信仰の自由を条約に記すようにと、非常に強く迫られました。特にベルギーのブリュッセルでは、市民たちが大使らの馬車に押し寄せて、浦上キリシタンの釈放を叫び、「流されている浦上キリシタンを牢から出せ」と言ってやめませんでした。
posted by 日本教会史 at 18:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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