2020年01月23日

四十四  浦上四番崩れ8−孤児院

天然痘の看護も収まって、浦上に戻ってきたマキの腕の中に、一人の赤ん坊が抱かれていました。名はタケといいます。天然痘で両親が死ん
だ孤児でした。それまで蔭の尾島にあった「孤児院が」閉鎖されたので連れて来たのです。孤児はタケだけではありませんでした。当時、日本では各地で捨て子がたくさんいました。長崎でも相次ぐ災難で、孤児や捨て子は、つぎつぎに出ていました。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする