2019年12月25日

四十一  浦上四番崩れ5−津和野の拷問

仙右衛門は体中がうずき、次に悪寒と戦慄(せんりつ)がきて、歯も抜けるかと思いましたが、2,3日たつと不思議なことに、もともとかかっていた熱病まで治っていたのです。


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四十一  浦上四番崩れ5−津和野の拷問

もはや息が切れようとする時に、役人が「早く上げろ」と言いつけましたそれで警護の役人が「早く上がれと」二人に言いましたが,「今、宝の山に登りておるからには、この池より上がられん」と甚三郎が答えたので、役人は5メートルばかりの竹の先に鉤(かぎ)を付け、鉤の先に髪の毛を巻き付け、力任せに引き寄せて、水の中より二人を引き上げました。
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