2019年12月22日

四十一  浦上四番崩れ5−津和野の拷問

柴束2つをたき付けとして枯れ木を立てて燃やし、二人の体を6人で抱えてその火にあぶり、ぬくめ入れ、気つけを飲ませて正気付かせました。「その時の苦しさは何とも申されぬ」と甚三郎は手記に書いています。仙右衛門は体中
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posted by 日本教会史 at 18:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

四十  浦上四番崩れ4−一村総流罪

転宗した者は別の場所に移され、腹いっぱいになるまで食べ、仕事に出ることも許されました。そこへ、まだ転ばない者たちを3,4人ずつ連れてきて「お前もただお上の言いつけに従って西洋の宗教を捨てれば、今のこの地獄からあのような極楽に移れるのだ」と誘惑するのです。それでも転ばぬ者たちは三尺牢(さんじゃくろう)に入れられました。三尺牢は90センチ立方の箱で、前は6センチ角の柱を3センチおきに打った格好になっており、天井に食事などを入れる穴が一つあるばかり、ほかはすべて厚さ4センチの松板で固くできていました。体を曲げてやっと入っていられる狭さでした。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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