2019年12月21日

四十  浦上四番崩れ4−一村総流罪

津和野での拷問
この旅の中で、特に迫害が激しかった津和野の事を、少しだけ書いておきます。仙右衛門や甚三郎は、津和野に流されました。初めは毎日お寺のお坊さんが来て説教をし転宗を迫りました。こうして半年が過ぎました。今度は神主の佐伯という人が説得にかかりましたが、信者は全く感心しません。そこで仕方なく、拷問を加えることに方針を変えました。畳をはぎ取り、食事には1日米3合、塩一つまみと水、むしろとちり紙1枚をあてがいました。着物は捕らわれた日に来ていた物があるだけでした。板敷きの上に、みんなで抱き合って寝ましたが、冬の津和野はあまりに寒くて眠れません。とうとう16人は耐え切れずに転宗を申し出ました。


posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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