2019年12月15日

四十  浦上四番崩れ4−一村総流罪

「旅」
信者たちは、この流罪を「旅」と言いました。一村総流罪というこの旅は、近代日本の歴史に特筆されるべき残酷物語ではありました。しかし旅に出る人々の心は明るかったのです。信仰を守り神さまへの忠実を貫いて、殉教への旅に出ることは、彼らに残されたただひとつ道だったからです。この旅では、、家族ばらばらにされる者が多く、親に別れ、夫に別れて見知らぬところに連れて行かれてひどい難儀をしたようです。彼らは信仰を守り通すため、全国21藩に流配され、6年有余の長い間、飢え渇きながら数々の拷問の苦しみに耐え、ついに1873年(明治6年)、キリシタン禁制の高札が撤去され、荒れ果てた浦上に帰って来るのです。


posted by 日本教会史 at 17:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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